人材紹介コンサルタント25年史【Publog版】

作者 武谷広人
ジャンル ビジネス人物伝
ページ数 200ページ
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人材紹介会社への転職なら!武谷広人(たけやひろと)

「人材紹介回帰現象」


最近、一旦は人材紹介業から離れて異業界に転職したけれど、また人材紹介をやりたい。」


というご相談を頻繁にいただいています。


今日も1件、お問い合わせいただきました。


人材紹介会社を退職後、事業会社の人事に転職されたそうですが、再度、人材紹介業への復帰を


考えていらっしゃるそうです。


先日は、関西からもお問い合わせいただきました。


人材紹介会社を退職後、ヘルスケア関係の会社に転職されて間もないそうですが、


「やっぱり、人材紹介の仕事が楽しかったので戻りたい。」 というご相談でした。


また、今週お目にかかった方も、IT業界から人材紹介会社に転職し退職後現在は


IT業界に戻られていますが、


「やっぱり、人材紹介業の方が自分の介在価値を実感できる。」 という事で活動されています。


更に、人材紹介会社を退職され、医療関係の会社に勤務されていた方も、


人材紹介業に戻るべく活動されています。


もう御一方、1年前に人材紹介会社を退職され家業を手伝われていた方も、人材紹介業に戻るべく


現在活動されています。


ここに挙げさせていただいた5名の方だけではありません。


しかし、一旦この仕事から離れてみるのも悪くないようです。


離れてみて、 「大変さもあったけど、やっぱりおもしろい仕事だったな。」 客観的に見れるのでしょう。


客観的に見ると、かなり個人裁量の大きな仕事ではないでしょうか?


対クライアントも対キャンディデートも、担当コンサルタントの能力や判断によって、大きく結果が

変わります。


これが、やりがいでもあり、怖い部分でもあります。


一旦離れても、それなりの実績がある方なら、比較的戻りやすい業界です。


また戻りたいと思っている方は、どうぞご相談ください。



「自分が自分にならないで だれが自分になる」    みつを



合掌。


※弊社HP↓。

http://www.agent-shokai.jp/

「激走!! 東京労働局」


今日は、 「職業紹介事業報告書」の提出のため、東京労働局に行きました。


午前中、所要時間に関して問い合わせの電話をしました。


労働局:「はい。需給調整事業部です。」


私:「お世話になっております。

   今日、職業紹介事業報告書を持参したいのですが、どれぐらいお時間かかりますかね?」


労働局:「そうですね・・・・・。」


:「かなり混み合ってますか?」


労働局:「そうですね・・・・・。」


:「1時間ぐらいはみておいた方がよろしいですか?」


労働局:「そうですね・・・・・。」


私:「それでは、そのつもりで伺います。」


労働局:「そうですね・・・・・。」


結局、自問自答かよ!!


しかし、どうして需給調整事業部だけ、田町から徒歩12分(もっとあるんじゃないか?)という辺鄙な場所


あるんでしょうか?


皆さん、そう思うでしょう?


もうちょっと都心にしてもらえませんかね。


我々事業者はほとんど都心に集中しているんですから。


しかし、私たち事業者はめったに行きませんが、職員の皆様、毎日の通勤お疲れ様です。土下座


話を元に戻しますが、 「混み合っていて1時間ぐらいかかる」 と思って、その後のアポイントの時間を


考えると全く余裕が無いことに気がついたんです。ase


だから、急にバタバタと飛び出して、駅までダッシュ、丁度来た電車に飛び乗り、三田駅に到着して


JR田町駅をダッシュでスルーして、これ以上速いタイムは出ないだろうという短時間で、東京労働局


海岸庁舎に滑り込んだんです。走る


今日は走ったら暑いと思ったので、夏物のスーツでした。


それなのに、坦々面ラーメン を食べた後みたいに、頭から汗が噴き出して止まりませんでした。汗


実際、中に入ると、混み合っていたのは紹介業ではなく派遣業の方です。ええ!!


私の整理券(紹介業)は待ち順2番目で、何のことはなく15分で完了しました。ふ


派遣業の人たちは、かなり待たされている様子でした。


私は逆に終るのが早すぎて、次のアポイントまで時間が余ってしまう展開になりました。


三田駅までゆっくり20分ぐらいかけて歩いて、電車を1本見送って、「ラーメンでも食おうかな?」 


と思いましたが自重して、名刺の増し刷りを頼みに行ったり銀行に行ったりして、


アポイントの時間の15分前に訪問先に着きました。


その後、訪問先で聞きたい事が山ほどあったので、まだ半分しか聞けてませんが1時間半かかりました。


会社って社史沿革を聞かないと、今の事だけ聞いても駄目なんですよね。


どんな歴史や意思決定をたどって、今に至ったのか?


意思決定の基準となった判断軸は何か?


これがわからないと、会社の顔(経営者の顔)が見えてこないんです。


会社の顔が見えてこないと、タイプマッチングできなんです。


まー、今後おいおい聞いていこう。


とにかく、最近では一番汗をかいた1日だったので、今夜は酒がうまいだろう。酒



「生きているうち はたらけるうち 日のくれぬうち」    みつを



合掌。


※弊社HP↓。

http://www.agent-shokai.jp/

 皆さん、はじめまして。

武谷 広人(たけや ひろと)と申します。



大学まで九州の田舎で暮らし、リクルートで働く為に東京に出て来て25年も経ってしまいました。

その25年間、ずっと「人材紹介コンサルタント」をやっています。転職は2回していますが、3社とも人材紹介事業です。

馬鹿ですね。よく続いているなーと思います。



人によってはつまらない仕事かもしれませんが、私にとっては、結構おもしろい仕事なんでしょうね。

何がおもしろくて、何がおもしろくないか? 何がストレスか? など、今後のブログでお伝えします。



今日は、私の駆け出し時代について。


リクルートに内定して入社前に九州支社の人事から電話があり、希望の配属先を聞かれたんです。

その時は、従業員数数十名でグループ内でもマイナーで、他の同期の新卒もほとんど知らなかった、

人材紹介業を営んでいるリクルート人材センター(現リクルートエージェント)への配属を希望したんです。


九州支社の人事は驚いて、

「お前、広告事業(現在のリクナビ、当時のリクルートブックの営業)志望じゃないの? 本気か?

 本当にそうなるぞ!!」と言われ、その10分後に、東京本社の人事から、

「武谷、お前本気か? リクルート人材センターで地道に営業やるのか?」と聞かれたので、

「はい。それで構いません。」と答えました。


「あー、マイナーな会社だから、そんなに希望者が居ないのか?」と思い、若干不安になりましたが、

「花形事業部に自分は向かないし、高校時代から哲学とか心理学のような事に関心があったので、

いずれ他人様の転職をサポートできるコンサルタントになれたらいいなー。」と

甘い動機のまま念願叶って、当時のリクルート人材センターに配属されました。


大卒同期300人中、リクルート人材センターに配属されたのは5人。

その中で、一人だけ自分と同じような勘違いをして希望して配属された同期が居ました。

「同じような地味な奴がいるなー。」と思いほっとしました。



さあ、入社日翌日から1週間の座学研修の後、わけのわからんままに、

「お前らの今月の売り上げ目標は100万円だ。4月末までに必ず達成しろ!!」と言われ、

とにかく新規顧客開拓のアポ取りです。朝から晩まで電話。

「またリクルートか?いい加減にしろ!!」と撃破され、やっとアポが取れたら、

「お前の説明は何が言いたいかわからない。上司を連れて来い。」とこれまた撃破される。


「この野郎、折角俺がわざわざきてやったのに。話がわからんのは、お前が馬鹿だからじゃ。

誰が上司の助けなど借りるか!!俺一人で100万円売るんじゃ!!」と孤軍奮闘したものの、

結果は60万円しか売れなかった。


これが、1984年4月、私の人材紹介業人生の始まりです。

「他人様の転職サポート」=「他人様の転職の相談に乗る」は、遠い夢の夢。

「お前みたいな若造が大人の転職の相談に乗れるか馬鹿!! 

お前が本当に他人様の役に立ちたいなら、転職先を探している人たちのために、

代わりに良い求人を開拓してくることじゃ!!」


悔しいけど、おっしゃる通り。


本当に「人材紹介コンサルタント」という言葉には遠い幕開けでした。


こんな私でも、人材紹介コンサルタントを25年も続けています。


貴方も「人材紹介コンサルタント」になってみませんか?



今日からは、「人材紹介コンサルタント」駆け出し時代のクレーム列伝を公開します。


注:全て実話です。



私は田舎者で、ビジネスとか商売とか言うものを全く知りませんでした。


そのため、お客様(求人企業)とのトラブルも絶えませんでした。


ちょっと書き尽くせないほど常識ハズレな事をやって、


「俺は悪くない。悪いのは約束を守らない客だ!!あいつは男のクズだ!!」とか、


社内でも自分の非を認めませんでした。


例えば、お客様(ある会社の取締役人事部長)が、


人事部長:「月末の役員会で決済を取って返事をするよ。」


とおっしゃったので、約束通り31日に電話して、


私:「お世話になっております。お約束の月末ですが、今からお申込書をいただきに伺います。」


人事部長:「いやー、今日の役員会は議題が多くて君の案件は決済できなかった。」


私:「ちょっと部長、約束が違うじゃないですか怒り!! 月末には決済すると言ったでしょう怒り!!」


人事部長:「だから、議題が多かったと言ってるだろう!!」


私:「議題が多かろうが少なかろうが関係ないですよ。貴方は男でしょう? 

   男と男の約束じゃないですか怒り!!」


人事部長:「何をわけのわからん事を言ってるんだ!! こっちは客だぞ怒り!!」


:「客の前に人間じゃないですか!! 男と男の約束を破るんですか怒り!!」


人事部長:「なにー!! お前じゃ話にならん。もう二度と電話してくるな怒り怒り!!」


こんな感じです。



そして、帰社した私を待っていたかのように、親会社のリクルートの敏腕営業所長のKさんから電話です。


営業所長:「お前が武谷(たけや)か!! お前、○○○社の取締役に何をした!!」


私:「はー? 特に何も。ただ、先方が男と男の約束を破ったので怒りました。」


営業所長:「このバカヤロー怒り!! 商売の世界ではお客さんが偉いんだ。

       お前、あの会社、リクルートと2000万円の取引があるのを知ってるのか!!」


私:「そんな事は関係ないでしょう。約束は破る方が悪いですよ。」


営業所長:「なにー!! お前なんかじゃ話にならん。お前の上司は誰だ?」


私:「Uさんです。」


営業所長:「早くUさんに代われ怒り!!」


こんな展開です。

ただ、新人時代の上司(Uさん)が素晴らしい人格者と言うか、無口ですが大変面倒見の良い方だったので

救われました。

他の上司だったら入社後半年以内に辞めていました。と言うより、クビになっていました。


営業所長:「Uさん、一体、武谷(たけや)にどういう教育をしとるんですか!!」


上司:「まあまあ、田舎者の新人だから。ごめんごめん。何とか治めてよ。」


私:「Uさん、申し訳ありません土下座。」


上司:「はは、気にするな。もっとやれ波平。」


Uさん、今でも感謝してます。



「アノネ なるべくなら うそはないほうがいいんだなあ オレそんなこという資格はねえけどね」  みつを



合掌。

※弊社HP↓。

今日は、昨日のクレームの結末がどうなったか? を書きます。



数日後のことでした。


敏腕営業所長のKさんから電話がありました。


営業所長:「俺が先方の人事部長に謝罪して、何とかアポイントを取った。お前も来るか?」


私:「えー、そうですか? 出入り禁止になったのに、また行ってもいいんですか? 

   行きます。行きます。」


営業所長:「じゃあ、現地(先方の本社)に、明後日の午後4時に来い。」


私:「ありがとうございます。」


そして、その日が来ました。


私は、新橋駅からJRに乗って、お客様の本社がある恵比寿駅に向いました。


が、しかし!! 

京浜東北線に乗って品川で山手線に乗り換えるつもりが、目が覚めたら大森駅だったがーん!!


なにー!! これはやばい!!ひゃ~・・・

すぐにお客様の本社人事部に連絡を入れました。


「電車を間違え30分ほど遅れます!! 誠に誠に申し訳ございません。」


汗だくで現地に到着した時には、既に約束の時間を40分遅れ。走る


人事部長と営業所長のKさんが、話をしていました。


私:「大変遅くなりまして、誠に申し訳ございません!!」土下座


営業所長:「馬鹿者!! ええから、はよ座れ。」


人事部長:私の方は全く見ず、しらーと一言もなし。



その後、人事部長と営業所長との間では、なごやかな会話が続き、

私の存在はまるで透明人間のようでした。


それが30分以上続いたでしょうか? その後、営業所長の一言。


営業所長:「武谷(たけや)、申込書出せ。

       寛大な重役のおかげで、ご発注いただけるそうや。お礼せんか!!」


私:「あ、あ、ありがとうございます?」ええ!!


*当時は、多額の前金をもらって、更に成功報酬ももらうという今では考えられない殿様商売でした。


その後、取締役人事部長が、人事課長さんを呼んで一言。


人事部長:「これ、ハンコ押して来てくれ。」


人事部長:「おい、武谷(たけや)とか言ったな? 今後の細かい事は人事課長と進めてくれ。」


私:「はー、わかりました。ただ、今回の求人はお急ぎですか? 」


人事部長:「当り前だ。前にも言っただろう怒!! 

       就職情報(B-ing)に出しても採用できないから仕方なく頼むんだろう怒!!」


私:「そうですよね。それなら、一度うちの会社にお越しいただけませんか?」


人事部長:「なにー、なんで俺がお前の会社に行かないといけないんだ怒!!」


私:「それはー、それはですね、ase

   うちには登録者の方と直接会っているカウンセラー波平波平波平と言う者がおりまして、

   その者たちに、人事部長から直接、今回の求人に関するご説明をいただいた方が

   効果的だと思うんです。」


人事部長:「俺がそこまでしないといけないのか!! 高い金を払わせた上で怒!!」


私:「高いお金を払って採用できないよりましでしょう。御社のために言ってるんです。」


人事部長:「なにー!! あとは、人事課長とやれと言っただろう怒!!」


と言われて、人事部長は席を立たれました。


営業所長:「お前はアホかパカッ!! 

       折角、ご機嫌が良くなったところなのに、何を言い出すんだパカッ!!」


私:「済みません。でも、人事部長にお越しいただければ、私がカウンセラーに伝えるより遥かに効果的です。

   その方が早く確実に採用できます。」


営業所長:「そうとしても、今日この場で話すことやないで!! お前はめちゃくちゃやアホ。」


そこに人事課長がハンコを押した申込書を持って来られました。


私:「ありがとうございます。今後とも宜しくお願い致します。」ぬけさく



結局、それから2週間後、人事部長と人事課長が、ご来社されました。


人事部長は、私に対する態度とは180度変わりええ!!

数人のカウンセラー(当時、50代・60代の大手企業出身の役員や部長経験者集団)

に対して、低姿勢で丁寧に求人のご説明をされ、

誠になごやかな雰囲気で求人企業説明会は終了しました。


さすが取締役人事部長!! 伊達に出世していないぜ。


その後、間もなく順調に複数の登録者の方をご紹介でき、


「営業職」と「経理」の求人は充足しました。


すると、すぐに人事課長からお電話をいただきました。


「追加発注したいので、また来てください。」


その後、私が人事異動で担当をはずれても、

10年以上は継続してお取引いただき、大変有難いお客様になりました。土下座


それから、営業所長だったKさんは、その後とんとん拍子に出世され営業部長になりましたが

今でも懇意にしていただいております。


取締役人事部長 ○○様、 ありがとうございました。土下座


失礼な事も申し上げましたが、何卒ご容赦ください。


しかし、男と男の約束は守りましょう。ぬけさく



合掌。



 ※注:これは、大昔のリクルート人材センター(現リクルートエージェント)の

    旧い仕組み・やり方に基づいた実話であり、

    現在のリクルートエージェントは全く新しい会社に変貌しておりますので、

    くれぐれも誤解のないよう宜しくお願い致します。


「ほんとうのことが いちばんいい」    みつを



※弊社HP↓。

目次

作者

作者写真
武谷広人
人材コンサルタント歴27年。 1984年リクルート入社後、現リクルートエージェントに出向・転籍。 その後、JACジャパン(現JACリクルートメント)社長就任。 マンパワー・ジャパンの紹介事業本部長を経て、2005年に独立開業。(株)プロフェッショナル・サーチの代表に就任、現在に至る。人材紹介業の表裏を知り尽くし、人材コンサルタントの転職アドバイザーをライフワークとする。